孫子の兵法を現代経営に活かす(第八回「兵は拙速を聞く」
今回は第二篇の作戦篇の中から「兵は拙速を聞く」ということを中心に解説していきます。戦争はおこってはいけないことですが、やむを得ず起きた場合は短期で決着をつけることの重要性を説いています。どこかの国で起きている戦争を例に取ると、いかに孫子の兵法に沿っていないか、その損害等を見れば一目ではと思います。



孫子曰く、凡そ用兵の法は、馳車千駟(ちしゃせんし)・革車千乗・帯甲十万、千里にして糧を饋(おく)るときは、則ち内外の費・賓客の用・膠漆(こうしつ)の材・車甲の奉、日に千金費やして、然る後に十万の師挙がる。其の戦いを用(おこな)うや久しければ則ち兵を鈍(つか)らせ鋭を挫(くじ)く。城を攻むれば則ち力屈(つ)き、久しく師を暴(さら)さば則ち国用足らず。夫れ兵を鈍(つか)らせ鋭を挫き、力を屈し貨を殫(つく)すときは、則ち諸侯其の弊に乘じて起こる。智者有りと雖(いえど)も、其の後を善くすこと能(あた)わず、故に兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを睹(み)ざるなり、夫れ兵久しくして国の利する者は、未だこれ有らざるなり、故に尽(こと)ごとく用兵の害を知らざる者は、則ち尽ごとく用兵の利をも知ること能わざるなり。金谷治「新訂 孫子」、岩波書店、2001年1月16日、36項

【要約】孫子は、戦争には莫大な費用と労力がかかると説く。千台以上の戦車や兵車、十万の兵士に武具を与え、数百キロ先まで兵糧を送り届ける必要がある。そのため、内政費用、外交儀礼、車両・兵器の修理維持費などが日々発生し、国家は一日に千金もの資金を消費する。これらを整えたうえで初めて、十万の軍を動員する準備が整う。
しかし、戦いが長引けば兵は疲れ、武器の鋭さは失われ、軍の士気も落ちる。敵の城を攻め続ければ、兵力は消耗し、長期間野営すれば国家財政は逼迫する。資金が尽き、国力が削がれれば、他国の諸侯がその隙を突いて攻めてくる。いかに優れた将軍でも、このような状況になれば戦後の立て直しは困難を極める。
よって、兵法において称賛されるのは「拙速」である。すなわち、多少拙くとも速やかに決着をつける戦いである。一方で、「巧久」、すなわち巧みに見えて長引く戦いは、決して成功とは言えない。戦争が長引いて国に利益をもたらした例は存在しない。
戦の恐ろしさと損失を理解しない者には、戦の利益を語る資格はない。戦争には常にリスクとコストが伴う。勝つにしても速やかに終わらせ、国力の損耗を最小限に抑える必要がある。戦いは戦術や技術だけでなく、国家全体の総合力と経営判断が問われる行為である。だからこそ、指導者は兵を動かす前に、勝利までの道筋、資源の投入、期間と結果を厳しく見極めねばならない。
結論として、戦争とは短く終えてこそ価値がある。長引く戦は国を滅ぼす。これが孫子の教える基本原則である。

【現代経営に活かす】孫子は、戦いには莫大なコストがかかると説いた。準備、動員、補給、維持、士気管理に至るまで、全てが国家の経済と綿密に連動している。長期戦は兵士の疲弊を招き、武器を鈍らせ、財政を圧迫し、他国に攻め込まれる隙を与える。したがって、戦は拙速を良しとし、長期にわたる巧妙な戦を良しとはしない。勝つなら短く、負けるなら深追いしない。これが孫子の戦略観である。
この原則は、現代の企業経営にも当てはまる。すなわち、「経営資源には限りがあり、勝負所では短期集中で決着をつけよ」という教訓に置き換えられる。たとえば、ソニーのプレイステーション事業は好例である。1994年の初代PSの投入は、任天堂・セガが支配していた市場に対し、リスクをとって大規模な投資と短期集中的な市場投入を行った。開発・製造・マーケティングに一気に資源を投じ、短期間で市場の覇権を奪取した。この「拙速の戦」により、ソニーは家庭用ゲーム市場で一気に地位を築いた。
一方で、戦いが長引き、コストばかりかさみ成果が出ない例もある。たとえば、東芝の原子力事業への長期投資は、大規模なリスクを背負いながら回収の見通しが立たず、最終的には経営破綻に近い事態へと至った。これは「巧久」によって国家(企業)を疲弊させた典型と言える。
スタートアップにも同様の教訓がある。プロダクト開発に時間をかけすぎ、顧客に届ける前に資金が尽きるケースは少なくない。リーンスタートアップの考え方では、「最低限の製品(MVP)を早期に市場に投入し、顧客の反応を得て素早く改善する」ことが推奨されている。これは孫子が説く「拙速」の現代版である。
また、経営改革やDX(デジタルトランスフォーメーション)も同様である。改革の構想を練るだけで着手が遅れたり、全社的な展開を狙いすぎて準備ばかりが続いたりするケースでは、現場が疲弊し、組織の抵抗によりプロジェクトが頓挫することがある。一方、スモールスタートで部分的な成功を重ね、短期間で成果を出していく進め方は、コストとリスクを最小限に抑えながら目的達成に近づく。これもまた「短期決戦」の現代的応用である。
結論として、孫子の兵法が説く「拙速にして短期決戦を貫け」という教訓は、経営資源に限りがある現代企業にとっても極めて有効である。戦略的に集中投資を行い、素早く成果を出すことで、競争に勝ち残る確率は格段に高まる。戦も経営も、長期戦になればなるほど敗北のリスクは高まり、勝者は常に「速く」「的確に」動く者である。これが孫子の精神を現代に活かす道である。