孫子の兵法を現代経営に活かす(第七回「兵とは詭道なり」)
孫子の兵法では、最も重要な第一篇の計篇に登場する「五事」、「七計」、「詭道(きどう)」の3つは孫子の用兵思想としての基盤であり、これらを以て戦争の要否を判断します。つまり、「五事」である「道天地将法」の国力を計る5つの要素を、「七計」である7つの条件で相手国と比較し優位でならなければ戦争をしてはならないと孫子は説いています。さらに戦争になるのであれば「詭道」という正常に反した戦術を用いて戦うこととも説いています。第七回はその詭道と呼ぶだまし合いの重要性を紹介します。
兵とは詭道(きどう)なり、故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓し(みだし)、卑にしてこれを驕らせ(おごらせ)、佚(いつ)にしてこれを労し、親にしてこれを離す。其の無備を攻め、其の不意に出ず。此れ兵家の勢、先には伝うべからざるなり。
金谷治「新訂 孫氏」、岩波書店、2001年1月16日、32項
まず、詭道の意味はだまし合い、自らの手の内を明かさないことであり、いくつかを要約すると、
能なるもこれに不能 ⇒ できるのにできないふり
用なるもこれに不用 ⇒ 必要なのに不要にみせる
実にしてこれに備え ⇒ 「実」は虚実でいう、空虚や備えのなく好きのある意味の「虚」の反対の意味であり、備えがあり充実していることの意味。「真実」という意味ではない。
つまり、だまし合いや手の内を明かさないために反対のことを示し、敵を油断させたうえで隙をつくことである。この詭道は戦争を行う上での基本戦術でもあり、この後の篇にも活かされている。例えば第五篇の勢篇の奇正の戦法である「戦は正を以て合うも、奇を以て勝つ」、第六篇の虚実篇、第七篇の軍争篇の「迂直(うちょく)の計」など。孫子は五事、七計で自国が有利で戦争に勝てると判断した場合でも詭道を用い相手を油断させたうえで隙をつく戦術を基本としている。つまり味方の損害を最小限に抑え(最上は戦わず勝つ)ることになる。ただし、毎回奇策を用いれば相手も気づくこともあるので、臨機応変に対応することも大事と説いている。この臨機応変を「勢」といい、第五篇で詳細を述べている。
では、この詭道を現代経営に活かすとなるとどうなるのか? 顧客や競合を考えた場合、特に顧客に対しては活かしづらいというのが現状である。確かに価格などで高く見せて(見えて)安く販売することについては一理あるが、できることをできないように見せ相手のハードルを下げさせ、実際はできてしまうことで顧客満足度や信頼感を向上させるのは倫理的な問題も考えられる。ただ戦術としてではなく、相手の警戒心を解くためにあえて弱い面を見せたり、提供した商品やサービスが高付加価値や革新性(イノベーション)をもち、感動や驚きを与えることはいい意味での詭道ではないかと考える。